カテゴリ:雑談( 288 )

オーストラリアからの引っ越しの記録2

前回の投稿から日が経ってしまいましたが、なんとか生きています。

その2ということで、何を書いておこうかと思いましたが、日本での新居選びもたいへんなものでした。

帰国月も3月ということで、日本は転勤や就職のシーズン、ペット連れなんてウィークリーマンションにまず入れない部分もありましたので、オーストラリアからリモートでの契約になり、帰国後数日で新居に移動できました。実質、これは正解でした。

私自身の単身であれば、適当なウイークリーマンションにでも滞在しながらとりあえず一人暮らし用の家なんて拘らなければいろいろとあるわけですが、家族+ペットとなると非常に厳しいものでした。

またオーストラリアで住んでいた社宅もタウンハウスな一軒家でしたので、荷物が入らないという事態も考えられましたので、それなりの広さの家…なかなかネット越しでの部屋探しはたいへんでした。

第一にバジェット(予算)、大きさ、ペット可の物件、通勤の利便性、、、いろいろと条件を入れるとほぼほぼ数件のレベル。特に「ペット可」の条件は致命的でした。それほど日本はペットフレンドリーではないようです。

そんなわけで帰国日の3月に対して家さがし的なことは11月くらいからボチボチしていましたが、そんな早い時期には物件もあるわけないのですが、実際のところはやはり2月くらいだったかと思います。

問合せフォームにかたっぱしから入れて連絡をとりましたが、いずれの不動産屋も「ご本人が来店しないと何もできない」とまた、教科書通りの回答であり、仕方ないと思いつつも、まぁ、融通がきかんなと感じずにはいられませんでした。

その中で某大手不動産店では、ネット越しでの打ち合わせも親切に対応いただき、最後までここにお世話になったというところです。

ということで、別送品の引っ越し荷物もようやく日本に到着した様子。かれこれ1か月以上かかりました。
いくら新居とはいえ、不完全な状態でまだまだ地に足がついていない状態。家財道具が到着しましたので、ようやく落ち着きを取り戻すことが出来るかと浅はかな期待をしています。


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by JM3EHG | 2018-04-21 21:02 | 雑談 | Comments(0)

オーストラリアからの引っ越しの記録1

以下、私の記憶の整理まで。


3月17日に帰国しましたが、予想通り?日本の規律正しい生活に、厳しいリハビリ活動となっています。

別送品の家財道具もまだ到着せず(4月20日頃到着の予定)、まだまだ地に足がついていない状態です。

あれよあれよと、Xデー(メルボルンを離れる日)を迎えたわけなのですが、これまで送る側の人間だった者が、いよいよ自分が帰国する身となると感慨深いものになりました。とはいうものの、いつまでも感傷に浸っているわけにもなりません。

2011年の赴任当時のまま、私自身だけの帰国であれば、何ら問題ないはずだったのですが、6年の間に大きく変わってしまいました。
私+嫁+娘+犬というフルコースです。

特に犬の移動はなかなかのツワモノではありましたが、1月頃から情報収集を開始、農林水産省の検疫所と何度かやり取りをしながら、プラチナチケットもとい、輸入許可書をゲットしたわけであります。
単純に移動だけでなく、出国前と入国後のペットホテル、移動用のケージ、空港からの移動手段の手配とこれも大変でした。


メルボルンでの引越も単に荷物のコンポ―でしょ?なわけでもなく、電化製品の類はほぼほぼ電圧の違いで使用不可ですので、日本に持ち帰っても単なるゴミと化しますので、大型家具とともにこれらもシコシコとセカンドハンドサイト(ガムツリー)で転売しまくりました。

自家用車も曲者だったのですが、こちらも何とか私のアウトバックと嫁のコルトは無事に嫁ぎました。

引越に並行して、公共料金の最終支払いの手配、銀行関係の整理、日本への送金手配、保険関係の解除などなど、絶対にどこかに漏れがありそうですが、奇跡的に出国前にすべて完了できました。


記録2に続きます。



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by JM3EHG | 2018-04-09 21:15 | 雑談 | Comments(0)

2368日

なんとか…日本に帰ってきました。

小さな目標ではあるのですが、「家族全員を安全に帰国させる」というのが私の使命でもありましたので、何とか事故、怪我なく家族が日本の地を踏めたことは良かったです。慣れない生活がこれから(すでに)始まりますが、こればかりは徐々に慣れていくしかないですね。

今日は帰任イッパツ目の報告、挨拶ということで6年ぶりの元職場に訪問してきました。

調べてみると2011年9月23日に日本を出国して、2018年3月17日に帰国したわけですので、これ計算すると「2368日」なんですね。
たったの「2368日」なのか、そんなにの「2368日」か、微妙な部分でもあるのですが、個人的には、そんなもんやったのか、、、な感想です。

とはいうものの、この2368日は非常に凝縮されたものでありいろいろな物事が思い出されます。

今までは、帰りの日程を気にしながら、日々の献立(今日は吉牛、明日はインディアン…)を考えていたのですが、もうそれも考える必要がないとなると、それはそれでなんだか変な感じです。もういつでも好きなものを食べれます(笑)

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by JM3EHG | 2018-03-19 23:23 | 雑談 | Comments(0)

さらば、オーストラリア。

このタイトルももう何回書いたかと思うのですが、ついにといいますかこの日を迎えることになりました。
2011年9月にキャセイ便でメルボルンに赴任して以降、6年が過ぎましてこの度、日本への帰任となりました。

前回のペダルラジオネタ以降はといいますと、
航空チケットの手配から始まり、オーストラリアでの引越段取りから、家財道具、自家用車(2台)の売却処分、ペットの犬を帯同しての帰国であるための検疫書面作成、日本の新居手配、家族の保険関連の手配、公共料金のクローズ、現地銀行から日本への送金、免許関連の住所変更、領事館への届け出、日本側の役場への必要書類確認、準備などなど、てんこ盛りの内容でした。

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(写真は自宅から車で30分程度のセントキルダビーチからの夜景。こういう風景も気軽に見れなくなると思うと、それはそれで名残惜しいです。)


これまで大阪、札幌、名古屋と回り、ついに海外進出!という中でのメルボルンへの赴任、つらいこともあり、楽しいこともありと、たくさんの思い出が出来ました。この辺はまた落ち着いたら書きたいと思います。

これまでは20代前半から後半のまさに脂の乗った感じでしたが、29歳で海外出向を経験させていただき、ネイティブな英語に世界にどっぷり、日本とのギャップの差に戸惑う部分があったものの多くのことを学ぶことが出来たかと思います。

プライベートなハナシにもなりますが、当地で結婚、そして新しい命も授かることが出来、まさに人生の中での大きなイベントも経験できました。間もなく、メルボルンを家族全員で離れ、6年ぶりに日本に帰ります。赴任当時の初々しい気持ちを忘れずに日本でも新たな一歩を踏み出したいと思います。

さらば、オーストラリア。
たくさんの思い出をありがとう。



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by JM3EHG | 2018-03-15 21:37 | 雑談 | Comments(2)

鉱山の街 カルグーリ

忙しいばかり言っていても生産的ではないのですが、ここ最近はサッパリ無線運用もできておりません。
この状態はあと数か月続きそうなのですが…とりあえず現在は充電中という感じでしょうか。

オーストラリアではナンバー1の産業・・・マイニング(天然資源の採掘)な訳で、マイニングと言えば「カルグーリ」です。
カルグーリはWA州パースから内陸に約600kmほどの街ですが、今回、業務で出張してきました。

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広大なオーストラリア大陸には様々な資源が眠っており、掘ればそれすなわち「お金」になるという、輸入資源に頼る日本には無い産業です。
カルグーリはその中でも特に「ゴールド」や「リチウム」の資源が豊富とされておりマイニングブームの再来となっています。

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クオーツ(石英)にへばりつく形でゴールドが…。

続きます…

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by JM3EHG | 2018-02-20 20:44 | 雑談 | Comments(0)

生存証明1月

元気にしています。

ちょっとフラッと旅に出ます。(注・日本ではないです)

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by JM3EHG | 2018-01-19 22:35 | 雑談 | Comments(0)

季節のご挨拶 あけましておめでとうございます。

新年あけましておめでとうございます。

ちょっと前に2017年のニューイヤーの花火中継を見ていたと思う間もなく2018年となってしまいました。
2011年にメルボルンに赴任しましたので単純に7年が経過しました。早いものです。

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色々と各局のブログに従い、2017年の運用を振り返るなんてなことをしてみたいのですが振り返るほどの内容の運用ができていません(悲)

一方で2017年3月には当家に初めてのセカンドが誕生。「おぎゃー」からあれよあれよと「ハイハイ」に、気づけば「お父さん、お嫁に行きます」なんて言われそうです。(早い)

アマチュア無線、私の生きがいの一つでもありますので、何とかあの手この手で運用ができないか考えてみたいと思います。
2018年、色々と楽しみが増えそうですので、各局、どうぞよろしくお願いいたします。

2018年1月1日 VK3EHG 堀内洋孝 



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by JM3EHG | 2018-01-01 21:33 | 雑談 | Comments(0)

3回目のPNG出張

ちょうど1年ぶりになりましたが、3度目のPNG(P2)まで出張です。
前回は超遠隔サイトまで、デジタル業務無線機の中継装置の立ち上げに行ってきましたが、今回はポートモレスビーでの技術指導です。

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メルボルンからはブリスベン経由でデイリーにポートモレスビーまで飛行機がとんでいます。

外務省のWEBサイトではPNGは危険レベル1でいちおうの渡航情報が通年発令されている国であり、「安全ではありません」。
そういう意味では、遠隔地のマイニング(鉱山)サイトは、独自のコミュニティ、自治ができていますのである意味安全なエリアかもしれません。

このため、基本的にポートモレスビーの移動は単独ではできず、必ず現地のサポートが必要です。
(当然ホテルも5スターです。セキュリティの問題から至極当たり前です。)
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今回はポートモレスビーの顧客の事務所での技術指導でしたので特に問題なく終了。ただ気候なのか、水なのかやっぱり体調がすぐれません。(特に今回は唇が突然腫れだしました。)やはりそれだけタフな国なんかと痛感…。

帰国日にちょっとお願いしてBomanaの戦没者慰霊碑が設置してある公園(セメトリ)に連れて行ってもらいました。
ここはWW2の戦いで戦没した約3800人の方が眠っているところです。おもにアメリカ、オーストラリア、インド、パキスタン人です。
オーストラリア政府によるサポートでセメトリはきれいに整備されており、安全に見学することができました。

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3回目のPNGとなりました。

PNGはオーストラリアのように安全な国ではありませんので、現地での行動は基本的に現地事情に精通した人とともに動く必要があります。観光に至っては、ポートモレスビーからココダトレイルの縦断が人気のようですが、やはりこれも個々人での行動は危険が高いです。
日本人の場合ですと、ポートモレスビーよりラバウルの方が知名度があるかもしれません。ラバウルへはポートモレスビーから国内線の飛行機を利用する方法があります。

PNGでは過去に日本軍による悲しいことがありましたが、現在に至っては皆、親切です。好印象を持ちました。
個人的にも史跡や戦跡には興味があり、いつかは巡ってみたいのですが、やはり危険が常に伴っていますので、躊躇してしまいます。


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by JM3EHG | 2017-12-01 20:58 | 雑談 | Comments(0)

2017年一時帰国もろもろ

前回は2016年の5月でしたので、1年と5か月ぶりの日本への帰国でした。

今回はなんだか天候に最後まで恵まれず、最終日も何とか台風に冷や冷やするなかでの帰国でした。
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前回との一番の大きな変化は、今年3月に生まれた長女を連れての初めての帰国。初めての飛行機、初めての海外旅行であり前日まで不安しかありませんでしたが、娘も狭い飛行機の中でよく眠ってくれました。


また、今回は日本航空のメルボルンー成田直行便を利用。やっぱり直行便はいいですね。しかも787。エコノミーでも問題ない広さでした。
とはいうものの、どう頑張っても9時間30分の飛行ですので、疲労感はあります。贅沢は言えませんがビジネスで帰りたいですねぇ。。。

今回の帰国のメインは業務打ち合わせと長女のお披露目でした。

初めての子連れでの帰国で段取りもままならずで、なかなか自由時間もとれずで各局にはご不便をおかけしました。

その中でも、リグの持ち込みを帰国直前まで迷っていたのですが、先に申請をしていた新規開局の免状が無事に総通から到着していました。
(もし事前にわかっていたら、持ち込んでいたかもですが、結果的にはQRVの時間はほぼほぼナシでした。)

この免状でKX3がJAで合法で使えるようになりました。ギリギリの申請?とりあえずリミットは34年までです。
紆余曲折ありましたが、やっぱり未練タラタラ?旧コールで復活済みです。



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by JM3EHG | 2017-10-24 20:20 | 雑談 | Comments(0)

ホットな?2重国籍問題

無線ネタではない硬派?なネタですが…。

3月にセカンドが当地で生まれた訳で、この時点でこの子は「2重国籍」保有者になっちゃったわけで、20歳までに彼女は日本国籍を取るかオーストラリア国籍かを取るかの苦渋の決断を強いられることになりました。対日本向けには「留保する」という形を届けています。

(最終的には彼女の判断ですが、個人的には「オーストラリア国籍はやめてくれ」です。)


そんなことで、パスポートも2冊になる訳なのですが、どうにもこうにも、オーストラリアを出国する場合には、彼女にはオーストラリアのパスポートが必要なわけでありまして、そのパスポートの取得も「メンドクサイ」です。


パスポートの申請には彼女の出生証明書をベースに「市民権を保持しているエビデンス」を取得しないといけないわけで、(出生した以上、市民権を所持している。)
親のパスポート、ビザ、運転免許証のコピー、電気ガス水道のインボイスのコピー(その住所に住んでいるか)をエンドーズメントしてもらう必要があり、警察署等に行ってその書類(のコピー)が確かに夫婦のものである証明を第3者にしてもらう必要があるなど、「超メンドクサイ」です。

たかだか、オーストラリアのパスポート一冊だけでここまでしないといけないかと思うと、心が折れます。


方や日本のパスポート問題もしかりで、メルボルンの総領事館にオーストラリア政府から発行された出生証明書を基に出生届を出しましたが、戸籍の登録は、
「登録は代行するが、それが反映されたかは、自分が大阪の役場に電話して確認をしてくれ」とのこと…orz。縦割り行政の弊害?リンクしていないようです。

オーストラリアの書類揃えでバタバタしている間に、日本の役場に電話をすると反映されているとのこと。戸籍謄本の原本が居るわけで、まだ代理人(親)に依頼して原本を取得、それをメルボルンにEMSで郵送、、、心が折れます。

日本に帰りたいも、最低、日本とオーストラリアのパスポートがそれぞれ彼女には必要なわけで、途方に暮れるわけでもありますが、止まっていても仕方ありませんので淡々とこなすしかないですね。


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by JM3EHG | 2017-07-20 05:29 | 雑談 | Comments(0)


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